鈴虫はオスしか鳴かないってご存じでしたか?
あのきれいな鳴き声は、オスがメスの関心を引きつけるためのものだそうです。

年中いつでもその美しい音色を響かせている、京都の「鈴虫寺(華厳寺)」。

先日行ってきたのでご紹介したいと思います。

鈴虫寺

正式名称は「妙徳山華厳寺」。

境内では、四季を通し鈴虫の音色を聞くことができる故、「鈴虫寺」の名で親しまれています。

その始まりは1709年、鳳潭(ほうたん)上人が松尾の安照寺に入ったことにさかのぼります。1715年に寺号を「華厳寺」へと改め、1723年に現在の松室の地へ移築されました。それ以来、約300年にわたりこの地で歴史を紡ぎ続けています。

実は、現在華厳寺が建っている場所は、かつて『太平記』にも登場する大寺院「最福寺」があった歴史ある跡地です。戦国時代末期に焼失してしまった大寺院の面影を残す特別な地に、いまの鈴虫寺は佇んでいます。

鈴虫寺の魅力

・鈴虫説法

客殿にて、鈴虫の音色とともに執り行われる説法です。

参拝者に、お茶とお茶菓子が用意されるのは、禅宗の教えの一つである「茶礼」に基づいた考えによるものです。

堅苦しさや難しさはなく、分かりやすい言葉で仏教の教えや日々の心の持ち方などについて触れることができる、鈴虫寺の名物の一つです。

・わらじを履いたお地蔵さん

「幸福地蔵菩薩」といい、「わらじを履いたお地蔵さん」や「幸福地蔵さん」の呼び名で親しまれています。鈴虫寺の石段を上った山門脇に立っておられます。

日本で唯一わらじを履いておられます。これは、私たちの所まで願いを叶え、お救いの手を差し伸べるために、歩いてきてくださるからだと言われています。

なお、お願い事は、欲張らず一つだけです。

・幸福お守り

幸福地蔵菩薩の御姿が中に収められているお守りです。常に身につけておくことで、お地蔵様がいつも身近で見守ってくださるとされています。

参拝の余韻

説法を拝聴し、印象に残ったことがあります。

「即今只今」と「足るを知る」という言葉についてのお話です。

「即今只今」とは、まさに今この瞬間のこと。人は過去のことに囚われたり、未来を不安視することがよくありますが、「今、ここ、私」に集中することが大切だということです。

今この瞬間の積み重ねが人生になります。目の前のことに心を尽くし、丁寧に行動する中で、自分はどうしたいのか、どう在りたいのかを考えてほしいとおっしゃっていました。

「足るを知る」は、“今あるもの”に目を向け、すでに満たされている状態であることに気づき、それ以上に過度な欲張りをしないという意味があります。

それともう一つ、今回の説法で前向きな意味を知りました。それは、「今ある有難さに気づき、現状に満足しなさい」という意味ではなく、「今ある幸せに感謝し、前向きに生きていく」というポジティブな心の姿勢です。

二つの言葉は、「時間」の今と「状態」の今を表しており、今に集中し、今ある状態に感謝するという教えのお話でした。

文字にすると堅苦しく感じる内容ですが、僧侶の方は噺家さんのような口調で参拝者を楽しませながら教えについて語ります。近所の話の上手いおっちゃんが良い話をしているのを聞いている、みたいなイメージと思っていただけると想像しやすいです。(笑)

近年始めた姉との鈴虫寺参拝。幸福御守は願いが叶ったら返却すると言われていますが、私は一年お世話になった感謝を伝えに参拝し、返却しています。

年々、家族と過ごす時間が当たり前ではなく、有難く幸せなことだと実感しています。

そんな心境を話していると、姉から「めちゃくちゃ説法が学びになってるやん」とツッコまれました。